« 東北地方太平洋沖地震(東北関東大震災) | トップページ | 県少年団柔道大会のビデオを見て »

2011年3月18日 (金)

大震災で知った日本の強さ

 東北関東大震災・・・・・地震発生から早や1週間が経ちました。被災地では、今もなお人命の検索や復旧・支援活動が行われています。被災された方々も相当に厳しい環境の中、必死に耐え抜き頑張っておられることと思います。それと同時に、支援の側に回っている僕の思いとするならば、支援・復旧のために活動されている皆さんも、相当の厳しい環境の中での活動をされており、本当に日本という国の強さ、日本人の強さを頼もしくも感じています。また、世界中の110以上の国や地域からも続々と支援の手が差し伸べられており、改めて地球の素晴らしさや人間の優しさを感じることが出来ます。このような状況を見ておりますと、復旧・復興への道は相当険しいことは明らかですが、必ずや日本は立ち上がってくれるものと信じさせてもらえます。

 

 本当は、被災直後の現地を直接目にした、被災地の現状等をお伝えしたいところなのですが、数々の制約もあり、また、僕自身の思いとしましても、この惨状のみをお伝えすることはあまり適切なことではないとも感じております。しかしながら、今回の大震災を遠くの地で起きた出来事としないためにも、もう一度、特に子供達に今回の大震災について考える機会を作っていただきたいと思います。また、これを教訓に、自分達が被災した時にどのように行動すればよいのかをもう一度整理する機会にしていただきたいと思います。

 

Photo_2Photo_3 さて、僕は3月11日の地震発生当時は仕事のために職場におりました。地震発生を知った直後から、緊急消防援助隊の派遣のため、そのまま待機をするように指示され、仕事をしながら出動の命令を待ちました。その間、長い期間の派遣に備えて着替えや水、食料、現金等の調達を家内に頼み、自らも出動の資機材の準備をしておりました。そして、日が明けた3月12日午前1時、緊急消防援助隊福井県隊が福井市防災センターに集結し、第一次派遣隊として被災地に向けて出発しました。福井県の各消防本部の精鋭たちが集結し、実に車両20台と人員80名以上にもなる派遣隊でした。嶺北消防組合、永平寺町消防本部、大野市消防本部、勝山市消防本部、鯖江・丹生消防組合、南越消防組合、敦賀・美方消防組合、若狭町消防本部、そして福井市消防局と、まさに福井県全域を挙げての援助隊でした。

 

Photo_4 深夜の1時に出発した第一陣は、実に19時間以上を掛けて、夜の8時に任務地である岩手県陸前高田市へと到着しました。福島県に入った辺りから、徐々に震災の爪あとが大きくなってきており、高速道路も所々で亀裂や地盤のずれが見られたため、思うような行軍が出来ていませんでしたsweat01 それでも、早い段階で一般車両の退避処置が確実に行われており、高速道路を通るのは緊急車両のみsign01 日本の防災システムがここでは上手く機能していたと感心しました。

 

 現地では、5分から10分おきに余震が続きsweat01 時に大きな揺れを伴う余震が起きるため、きっと被災された方々は、不安で夜も眠れないのだろうと思いました。この余震は、第一次派遣隊が帰るまで続いていました。

 

 

  被災地での活動を行っている間、常に地獄のような惨状ばかりを目にしていたせいか、心が折れそうになることも多々ありましたが、この間、一つだけ心温まる場面に出会うことが出来て、その感動に力をもらった気がしました。

 

 

 その心温まる場面とは、ある学校給食センターに行った時のことでした。地元の陸前高田市消防本部の職員と思われる方がそこで必死に活動を続けている時、ある女性がその消防士さんに近づいていき、涙を浮かべてその場に佇んでおられました。すると次にその後ろから、今度は3歳から5歳ぐらいと思われるお子さん2人を連れた別の女性が、またその消防士さんに近づいてきました。そこでようやく気がついた消防士さんは、思わず声を上げて子供二人を抱きかかえてうれし涙を流しておられました。そうです。その子供さん2人は消防士さんの息子さんと娘さんで、女性二人は奥さんと母親だったのですsign01 お互い、安否の分からないままだったのが、この時ようやく再開を果たすことが出来たのだと分かりました。僕は、家族の安否も分からないまま、それでも必死に地域住民のために不眠不休の活動をされていたその消防士さんを深く尊敬しました。また、再開を果たされたことを心から嬉しく思い、思わずもらい泣きをしてしまいました。

 

 また、最初に消防士さんに近づいてきて、涙を浮かべたまま立っていた女性は、その消防士さんのお母さんだったのですが、すぐに声を掛けられずに佇んでいたのは、きっと無事が確認できて嬉しかった気持ちと、このように立派に消防士として活動を続けておられる息子を誇らしく思っておられたのかもしれません。

 

  

 今、報道などでも出ておりますが、日本はこれだけの規模の大災害に遭われても、決して暴動や略奪、犯罪などは起こらず、国民は皆冷静に、そして力強くこの震災を受け止めておられます。被災地はもちろん、その他の都道府県でも国民の気持ちが一つになり、この東北関東大震災という脅威に立ち向かっておられます。その一つの大きな例として、今回は被災地では、避難所に運び込むための物資は相当の量が現地に送られてきているそうです。震災後、相当早い段階からです。これはまさに日本人みんなの思いの結晶だと感じます。しかしながら今回は、地震により関東圏の製油所がかなり被害を受け、また、現地では津波の被害により交通網が寸断されている地域も数多くあり、その影響もあって物資を運ぶための輸送手段がないために、このような物資不足が続いているのだという報道があります。

  

 また、計画停電も同じことが言えると思います。特に関東圏では、こうした計画停電は、都市機能をストップさせてしまう重大な決断であると容易に想像できますし、東京においては、首都機能までもストップさせてしまいかねない決断であったと思います。これにより多くの人々に影響が出ていることと思います。しかしながらどの報道を見ても、誰一人文句を言う人もなく、皆さんは口をそろえて「被災地のことを思えばこれぐらい」とおっしゃっていました。

 

 これは日本人が世界に誇れる「日本人の美学」だと思いますし、これら日本人のたくましい精神力と美学が、今、全世界から賞賛を受けているのだとと思いますsign03 決して自分だけのために行動せず、周りが一緒になって助け合い、現地では本当に素晴らしい光景もたくさん見させていただきましたhappy01 僕は今回、凄惨な現地に行って活動をしていく中で、一番の財産・宝物となったのが、こうした被災された方々の気丈で、たくましく、そしてみなが助け合う優しさを感じることが出来たことだと思っています。この国ならば、きっとこの大震災を乗り越えて行けるものと確信をしました。

 

 皆さん、被災地の方々はこのような悲惨で苦しい中でも、優しさと強さを忘れずに、皆さんからの支援を必死の思いで待ち続けています。我々に対しても、自分の事はまず置いておき、消防隊の活動に最大限の協力をしてくださりました。僕は被災地での惨状を知ること以上に、こうして被災者の方々が本当に気丈に、粘り強く、助け合いながら大震災を乗り越えようとしていることを知っていただきたいと思いました。人間の強さを知っていただきたいと思いました。大人も子供も、多くの思いを抱えながら、それでも前を向いて頑張っていることを、僕は現地で直接知り、どうしても皆さまにお伝えしたいと思いました。

  

 被災者の方々が、なぜこれほどまでに強くいれるのか・・・sign02 それは全世界の人々が、こうして被災地のことを思い、助けの手を差し伸べてくれることを知っているからだと思います。決して自分達だけではないことを知っているからだと僕は思います。人は助け合うことを知ればこんなにも強くなれるということを、今回僕は被災者の方々から学んだ気がします。インフラの整備が進まない中、また、携帯電話や加入電話の不通状態が続く中、僕達のこうした思いが、風に乗り遠く被災地の方々に届いてくれることを切に願うばかりです。

 

 

 

|
|

« 東北地方太平洋沖地震(東北関東大震災) | トップページ | 県少年団柔道大会のビデオを見て »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

裕さんお疲れ様でした。
裕さんの記事を読んで、涙が出ました。
被災地を襲った圧倒的な力の前に、心をおることなく冷静にそして困難に立ち向かおうとしている被災地の方々のお話を聞く度に目頭が熱くなります。
この助け合って困難に立ち向かう姿は同じ日本人としてとても誇りに思いますし、子供達にも伝えて行きたい素晴らしい精神だと思います。
被災地の方々にとってはまだ苦しい日々が続くと思われます。このような事を言っては無責任かもしれませんが、被災地の皆さん頑張ってください。
一日も早い復旧と皆様のご健康を心からお祈り申し上げます。

投稿: 赤ペン | 2011年3月18日 (金) 13時34分

お疲れ様でした。

生々しい現場を体験された文章には、重みがあり涙が込み上げてきます。

貴重なお話をありがとうございます。

自分も微力ながら、日本の為に頑張ります。

一日でも早く、ライフラインだけでも何とかなって欲しい、と切望します。

投稿: カニーマン | 2011年3月18日 (金) 14時34分

赤ペン先生、温かい労いのお言葉、本当にありがとうございます。僕も赤ペン先生のブログ、久しぶりに拝見させていただき、赤ペン先生やK口先生が被災地のことを真剣に考えておられることに大変共感を受けました。このように、多くの方々が被災地のことを我が事のように心を痛めておられることを知り、また、現地で過酷な現実にも歯を食いしばって受け入れようとなさっている被災者のお姿を見て、僕はそれだけで涙が出てきました。

僕も先生と同じように、こうした日本人のたくましくも優しい精神は、次世代を担う子供達にも必ず伝えていかなければならないことだと思います。そうすれば、もし自分達が被災した時、きっと自分だけではなく心を痛めて助けてくれる日本人や諸外国のみんながいることに気付き、勇気をもって困難に立ち向かえる人間になれると思いますから。

投稿: 柔道3兄妹の父、裕 | 2011年3月18日 (金) 23時48分

カニーマン先生、温かいお言葉ありがとうございます!僕も現地で活動する中で、自分達の微力さが身に染みました。しかし、こうした微力がいくつも集まり、やがてその微力が大きな力となり、現に被災地は少しずつではありますが、復旧・復興へと進んでいるのだと感じます。

今は、日本と世界の強さ・たくましさを信じ、ただただ祈るばかりです。もしまた何かの形で協力できることがあるとすれば、もう一度力を振り絞り頑張りたいです。

投稿: 柔道3兄妹の父、裕 | 2011年3月19日 (土) 00時02分

日本は、地震・津波・台風・水害など多数の自然災害に毎年遭っています。
しかし、その度に日本人の底力をみせ復活してます。
裕サンの見てきた災害直後と、その後の助け合い力強く前に進みだす人たち。
某新聞社のお偉方が言うような『勇気を与える』ではなく、微力ではありますが何かをしたいですね。

投稿: クリリン会長 | 2011年3月19日 (土) 18時30分

クリリン会長、コメントありがとうございますhappy01

3月25日にセ・リーグが開幕しようが延期にしようが、それはそちらで考えて頂ければ良いことですよね。僕は、デリカシーのない某新聞社のお偉い方のコメントにガッカリしましたsweat02

これでは、某新聞社が被災地にいくら支援したとしても、選手たちがいくら頑張ったとしても、効果は半減してしまうと感じました。

投稿: 柔道3兄妹の父、裕 | 2011年3月21日 (月) 14時04分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/509209/39264522

この記事へのトラックバック一覧です: 大震災で知った日本の強さ:

« 東北地方太平洋沖地震(東北関東大震災) | トップページ | 県少年団柔道大会のビデオを見て »