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2011年3月

2011年3月28日 (月)

美希弥の6年間

 一つ前の回の記事まで、今年度卒団する6年生7人の、僕個人として思い出話しを3回に渡り書いてきましたが、もう一人、肝心の我が息子のことをすっかり書き忘れていましたのでbleah 今回は、美希弥の6年間を、一応振り返ってみたいと思いますhappy01 身内話ですので、興味のない方は是非スルーして下さいhappy01

 

 美希弥が丸岡柔道スポーツ少年団に入団させていただいたのは5歳の時でした。5歳当時の美希弥は、周りの同じ5歳児と比べると割りと体型は大きな方で、ボンレスハムのようにムチムチの体をしていました。信じられないと思いますが・・・coldsweats01 しかし、のろまでおっとりな性格、物覚えの悪さと頭の回転の遅さは、今も当時も変わりなかったように思いますcoldsweats01

 

 美希弥の5歳当時は、丸岡スポ少も現在のようにたくさんの大会に出場することはまだなく、出場していた少ない大会でも、まだ幼年の部という部門も殆どなかった頃でしたから、試合をしている姿をあまり目にすることもなく年長さん(6歳児)を迎えました。おそらく5歳の時に出場した美希弥の試合は、丸岡町少年柔道交流大会大会だけだったと思います。(僕は見に行けていませんが・・・・・coldsweats01) いきなり2位の好成績でした。しかしこの頃、美希弥は柔道初心者ならば誰にでも訪れるであろう最初の大きな壁sign01 「柔道イヤイヤ病」に罹りsweat01 更にこれに保育園行事の多忙さも重なり、苦汁の決断により無期限の休養に入りました。というより、父としてはもう辞めさせたつもりでいたのですがcoldsweats01 母だけは美希弥の復活をしっかりと信じ、コツコツ毎月の団費も納めながら、席だけは抜かずに休養という形で団に席を置いてもらっていたようでした。

 

 そんな母の想いと、当時一番の友人であったある子の熱心な誘いに心を動かした美希弥は、1年生になると同時に、自らの重たい口を精いっぱい動かし、

 

 「また、柔道習いたい。」

 

 と、父に伝えてきましたcoldsweats02 そりゃ、その時は驚きましたよcoldsweats02 父としてはdash あの口下手で自分の思いを口に出してしゃべるのが大の苦手だった美希弥が、なんと父に直談判しにきたのですからsign01 どうしたものか一旦は迷いましたが、結局僕は美希弥の復活を信じて疑わなかった妻に一言、

 

 「参りましたsweat01 また柔道したいと言うとは思わんかったわsweat01

 

 と伝え、美希弥は再び丸岡スポ少にお世話になることとなりましたhappy01 今思えば、この時のあの美希弥の言葉が無ければ・・・、そして口の重たい美希弥の言葉を引き出した母や大切な友人、周りの皆さんがいなければ、主将美希弥も居なかったし、大きな成長を見せてくれた今の姿も無かった訳ですcoldsweats01

 

Dsc00098 こうして再び柔道を始めてからは、すでに団で大活躍を始めていた友人のF太君や、前回までの記事で紹介してきた大切な仲間達も次々と入団してきてくれて、この学年は本当に大所帯の学年となっていきましたhappy01 そして美希弥が復活した1年生の時に、僕は美希弥の対外試合を初めて見ることになりました。おそらくこれは12月の高浜町大会。記憶が曖昧なのでおそらくすぐ負けたのだと思いますbleah なにしろ6年前のことで・・・sweat01 写真が残っているので間違いないと思いますが。(デビュー戦自体は、坂井町団体大会だと思いますが、この試合は僕は見に行けていませんでした。)

 

 続いてその1ヶ月後、丸岡町大会と三つ葉大会と立て続けに試合を見ました。そしてこの両大会とも、美希弥は2位の賞状をもらってきてました。負けた相手は5歳の時の試合も含め全て同じ相手think 振り返るとずいぶん長い間負け続けてきたものですcoldsweats01

 

 その後、彼の成長のスピードの遅さを象徴するかのように、どんどん周りの子に追い抜かれていき、全員参加の大会以外は出場から遠ざかっていきました。それでもコツコツ少しずつ前に進むことが得意な子でしたので、何とか周りに突き放されずに喰いついて行けるよう、彼なりのペースで頑張ってくれていましたgood 僕も、おそらく長男と比べると、美希弥を怒る回数は格段に少なかったと思いますしcoldsweats01 これは別に美希弥に期待していなかった訳では決してなく、いずれカメはウサギに勝つことを知っていたからだと思いますconfident (父の予想では、あと3年~4年後には美希弥が優弥を投げ飛ばす日が来る予定ですbleah

 

 そんな美希弥に大きな転機が訪れたのが5年生の時でしたcoldsweats02 人数が少なく、入団したばかりの2人の6年生に代わり5年生の中から主将を出すことになり、どういういきさつかは不明ですが美希弥が主将に選ばれることになりましたcoldsweats02 親はもちろんですが、先生方も大変不安になられたことと思いますcoldsweats01 なにしろあの美希弥が主将というのですから・・・・・coldsweats01 案の定sign01 主将になりたての5年生当時は、本当に最悪な主将ぶりでしたねsweat01 「もじもじ君」は美希弥の得意技ですが、一人なら別にそれで良いのですが、これが主将となるとかなり困り者ですthink チームの士気に関わり、試合でも主将のもじもじ君の悪影響が及ぶこともしばしば・・・shock 何とかしないといけないといつも考えていましたが、怒れば逆効果、褒めるところは見つからず・・・coldsweats01

 

 そんな主将で不安の残るまま迎えた主将2年目、6年生になった頃辺りから、相変わらず少しずつですがcoldsweats01 美希弥の主将ぶりに変化が感じられるようになってきましたgood 本当に少しずつですが自信がついてきたような感じが見え、物事をはっきり言う事ができるようになってきました。その自信が柔道の試合でも良い方向に向かい、重量級の強い選手以外には、簡単に1本負けをしてこなくなりました。粘りが出てきたのが6年の春から夏にかけての美希弥だったように思います。そして父自身が、

 

 美希弥の人生、最大のビッグウエーブがきたぁsign03

 

 と感じたのが秋頃からでしたhappy01 美希弥らしくない超スピードで柔道に変化が見られ、生意気に強くなってきたと肌で感じたのが冬でした。たまに大物と善戦してきたり、金星を挙げてきたり・・・good 自信をつけることで前に圧力をかけて試合が出来るようになり、相手を下がらせることが出来てきた結果、こういう勝ちを奪うことが出来ていたのかもしれませんgood それにしても最後の最後、6年生の冬になってようやく花を咲かせてくるとは・・・さすがは美希弥らしいのろまな成長でしたcoldsweats01

 

 美希弥は春から地元の中学に進みます。僕は柔道部に入るにあたり、美希弥に2つの条件を出しました。ま、条件といってもクリアは非常に簡単な(多分・・・coldsweats01) 優しすぎる条件ですけどねgood

 

 1 5月以降の本入部までに、部員を新たに2人以上勧誘すること

 2 中学に入った最初の中間テストで○○○点以上取り、その後も卒業まで○○○点を下回らないこと

 

 どうなるかは美希弥次第ですが、とりあえず自分から「柔道続けたい」という話もしてくれているので、どういう形であれ、これからも応援していきたいと思います。

 

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2011年3月25日 (金)

広がる「できますゼッケン」の輪

 震災について、これまでこのブログでもいくつかの記事で自分なりの体験や思いを書いてきましたが、今回で一応の区切りとしたく、この話の最後に、いよいよ派遣の始まった民間ボランティアについての心温まる試みについて書いてみたいと思いますhappy01 それにしても震災から2週間が経ちましたが、あの惨状を見て、早や民間ボランティアの話をブログにて書くことが出来るとはsign02 震災当時は思いもしなかったことでsweat01 被災地の方々にしてみれば、それは長い2週間であったことは当たり前のことですが、仮設住宅の建設や民間ボランティアの話を耳にすると、あの酷い状態からよく復旧作業へと進んでいるなぁという実感も持てます。日本は本当にたくましい国だと改めて感じさせてくれますconfident 

 

 しかし、僕が記事を書いている時点で1万人近くの死者、1万2千人以上の行方不明者、さらに20万人余の人々が避難生活を送られているという現実を見ると、改めて今回の震災の凄惨さが身に染みます。未だ人命検索活動と復旧活動が同時進行で行われている今、今後更なる死者・行方不明者の増加・避難生活の長期化が予想されることから、いよいよ民間ボランティアの方々のお力が威力を発揮する段階に差し掛かってきていると感じますthink

 

 そんな中、福井県でも先日、民間ボランティアの第1陣として、8名の専門技術を身に付けていらっしゃる方々が、現地の要請に基づき福井県を出発されましたsign01 ニュース等でご存知の方も多いはずです。このボランティアの方々が、ニュースなどの映像で映された際、胸にカラフルなゼッケンを掲示されていたのに気付かれた方はいませんか?今、全国的に、この民間ボランティアの方々がカラフルなゼッケンを掲示してボランティア活動を行う運動が広まってきていますhappy01 このゼッケン、名前を

 

 「できますゼッケン」

 

 と言い、ある団体の方々が考案し、東日本大震災のボランティア活動をされる方々に推奨を始めた試みなのですwink ある団体とは、阪神大震災を経験された神戸市民らがつくる「デザイン都市・神戸推進会議」の方々sign01 阪神大震災のときに、避難所等で実際にボランティア活動を経験された方々が、その教訓として考案したアイディアで、ゼッケンは

 

 赤・青・緑・黄

 

 の4色に区分けされ、色毎に、

 

 赤 = 医療・介護

 青 = 言葉(手話・外国語通訳等)

 緑 = 生活支援(子守り・)

 黄 = 専門技術(土木・建築など多種)

 

 という風に分けられ、さらに赤いゼッケンには、医療なら「医師」「看護士」「マッサージ」、介護なら「介護士」「ケアマネ」などと詳しく書いておきます。

 

Zekken_4_2

 

 

 僕はこの話を聞いたとき、本当に素晴らしいアイディアに思わず感心しましたsign01 さすがは大きな震災を経験された神戸の方々は凄いです。そして自分達の悲しく辛い経験を、今度は同じ苦しみを味わっている東日本の方々のために役に立てようとされているconfident これぞ助け合いの精神の真髄ではないでしょうかshine 日本人の優しさ、勤勉さ、そして優秀さが滲み出た今世紀最大のアイディアだと・・・大げさですが思いましたhappy01

 

 このゼッケン、被災された方々が今、本当に必要としている支援を分かりやすく受けられる、その結果、ボランティアの力が最大限に生かされるといったメリットがあり、その他にも、逆にボランティアをする側にとってみても、自分の持つ特技や能力を知ってもらい有効に働けるという点、また、自らが本当に必要とされている人間だということを知ることになり、ますますボランティア活動に力が入り「やりがい」が出てくるといった利点があり、僕はどちらの側にとっても素晴らしいアイディアだと感じました。

 

 福井県第1陣のボランティアの方々も、このゼッケンに自分の得意分野を記入して、それを胸に掲示して出発式を迎えられていましたhappy01 皆さん、情報をしっかり的確に入手され、真剣に被災地の方々のために頑張ろうとなされている姿に、本当に感動を覚えました。

 

 あの大きな被害をもたらした阪神大震災・・・そのときに一番被災者の役に立ち、力を与えてくれたのは行政「公助」ではなく、民間ボランティアや被災者同士の横の繋がり、「共助」であったことは言うまでもありませんからねsign01

 

 このアイディア・試みが全国に広がり、被災地の方々にとって本当に助けとなるボランティア活動の助けになることを心から願っていますgood これだけ温かい心をもった方々がたくさんいらっしゃることを知れば、被災地の方も本当に心強いでしょうし、今はこのような専門分野だけでしょうが、いずれは、

 

 「話し相手」  「散髪屋」  「肩たたき」

 「遊び相手」  「家庭教師」  「歌」

 「調理師」  「栄養士」

 

 なんていう得意分野の方々も出てくるかもしれませんねwink 

 

 

 ボランティアに参加しようとお考えの皆さん、以下のサイトからゼッケンをダウンロードして使用することが出来ます。また、このアイディアを考案された「デザイン都市・神戸推進会議」の方々の温かいメッセージも掲載されておりますので、是非一度ご覧くださいhappy01

 

http://issueplusdesign.jp/dekimasu/

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2011年3月23日 (水)

6年生達との思い出(3)

 今回は、震災前の記事で2回に渡って書いてきた6年生達との思い出の最終回sign01 最後の2人の思い出を振り返りたいと思いますhappy01 最終回はR菜とM徳の思い出ですscissors

 

Rena2 まずはR菜との思い出ですが、僕的にはまずは何といっても2年前の夏休み、白山に登ったのが一番の思い出ですねwink 一番の思い出が柔道の試合でなくて申し訳ないのですがcoldsweats01 辛い白山登山で、初めての経験だったにもかかわらず、当時まだ2年生だった泉弥を気遣ってくれながら、見事白山を制覇したR菜は本当に頼もしく思えましたshine この年の白山登山は、我が家ではもう4~5回目となる白山登山だったのですが、下山中急に土砂降りの雨が降り出してきたり、山の保護工事に使う資材を搬送するヘリのために1時間近く待ちぼうけを喰らったりとsweat01 いろんなアクシデントも重なり、今ではそれも良い思い出となっていますねgood 長時間の登山でしかも様々なアクシデントに見舞われ、疲労も重なっていたはずなのですが、下山直後のこの笑顔に、僕もかなり救われた思いがしましたhappy01

 

Rena_2 R菜は柔道でも人一倍負けず嫌いなところがあり、元々の運動神経の良さや柔軟性も加わり、大会では丸岡女子の中では一番入賞回数が多いはずですgood 丸岡らしい超攻撃的な柔道をする選手で、どの試合も見ていて面白い試合をしてくれていました。本当に女子選手らしい柔道をする子だと、いつも感心しながら見ていたように思いますhappy01 中でも特にR菜らしさが出ていて忘れられない試合は、団内の試合なのですが、第1回目の記念すべき大会となった「第1回団内柔道王決定戦」でのR一との試合ですhappy02 体の小さな女子選手のR菜が、団内でも当時一番体格の大きかったR一を背負投げで投げ飛ばして技有りを奪うシビレる試合展開でしたsign03 R菜の背負投げは、いつ決まってもおかしくない素晴らしいタイミングで入ってくるし、しかも足技がしつこいので余計に背負投げを喰らい易いのだと思います。背負投げで技有りを奪った後も、R一の必死の反撃を持ち前の気持ちの強さと体の柔らかさで凌いで、見事に優勢勝ちsign03 誰もが驚いた、しかし実は勝つべくして勝った試合だったと思いますscissors

 

 R菜は丸岡のレギュラーとして数多くの遠征を行ってきましたが、遠征中のバスの中などでは一番、小さい子供達の気遣いをしてくれていたお姉さんだったと思いますconfident 僕たち大人が安心して遠征に小さい子供達も同行させられるのも、このようなR菜をはじめとする6年生の女子達がいてくれて、しっかり小さい子の面倒を見てくれていたからだと改めて感謝させられますねhappy01 中学は地元の中学に進むとのことですが、R菜は僕にも「黒帯を目指す」と力強く語ってくれたので、是非中学に入ってからも練習を続けて夢を実現させてほしいと思いますhappy01 R菜なら必ず合格できるはずですscissors

 

 

 そして最後はM徳。M徳との一番の思い出は、5年生の時の醍醐敏郎杯ですねwink この年は全国的に新型インフルエンザが大流行しsweat01 我が家の美希弥も大会間近でダウンsweat01 急遽、本当に突然でしたが大会に出場してもらうことになり、ご両親ともども本当にご迷惑をお掛けしたのがなんとも言えず思い出に残っていますcoldsweats01 しかも、醍醐杯から帰ってきたら、今度はM徳までもが体調を崩したらしく・・・sweat01 本当にかわいそうなことをした思い出でごめんなさいsweat02

 

Minori M徳は柔道では、これは僕の勝手な思い込みで申し訳無いのですがcoldsweats01 本当に美希弥とよく似たタイプの子だなぁ、と感じていましたconfident 地味で口下手なんですが、とにかくゆっくりでもマイペースで一つのことをコツコツ積み上げていくのが得意な子のように感じていましたhappy01  M徳とは、練習での乱取りも一番多く組み合った子だと思いますが、乱取りをしていても、そのコツコツぶりがよく分かりました。毎回毎回、乱取りを受ける度に、一つのことが少しずつ上手く出来るようになっていてshine 毎回感心していましたhappy01 

 

 その成果でしょうか、M徳はこの数年、練習していた背負投げは格段に上手くなったと思いますし、繋ぎの技も出るようになりましたshine 性格が優しい子なので、どうしても試合などでは本来の力が出しきれずにいるように見えましたが、僕と同じくAゆむ母などとも、

 

 「M徳の背負投げ、絶対決まると思うんやけどのぉ」

 

  と、事あるごとに話しをしていたほどですhappy01 中学に入ってからの進路は、僕は聞かなかったことにしておきますがbleah いずれの道に進むにしろ、M徳にはこれからも、コツコツと努力していく特技を活かしていって欲しいですhappy01 ま、きっと中学でも柔道を続けて行ってくれると信じてますけどねgood 

 

 

さてさて、3回の長きに渡り、卒団する6年生7人との思い出を書いてきましたが、どれもこれも、本当に楽しく熱い思い出ばかりで、6年生達には本当に感謝していますsign01 ありがとうsign03 中学生になってからの、彼ら彼女らの更なる活躍を心から応援したいと思いますsign03

 ・・・・・・・・・んsign02 あれ・・・・・sign02 6年生7人・・・・・・danger 確か卒団する6年生は8人いたはずじゃぁ・・・・・・sign02

 

 あと一人誰か忘れてる気がするけど・・・・・、ま、細かいことはどうでもいいかbleah

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2011年3月22日 (火)

県少年団柔道大会のビデオを見て

 大震災から早や10日が経ちました。しかし現地では未だ1万人以上もの行方不明者があり、30万人以上の方々が苦しい避難生活を送られています。そんな中、大震災から9日目にして、発見・救出された方々のニュースも飛び込んできたりして、まだまだ諦める訳にはいきませんよねsign01 一人でも多くの方々が助け出されますよう、これからもお祈りいたしております。私達一人ひとりに出来ることは小さいことだけですが、その小さい事が積み重ならないと、大きな力には決してなりません。千里の道も一歩から。被災地の復旧・復興への千里の道は、被災地の方々と日本人全ての人の第一歩から始まるのだと思います。皆様の温かい善意が、思いとともに支援の形として届きますよう、遠く福井県から願っております。

 

 さて、しかしこのブログも、いつまでも塞ぎ込んでばかりはいられません。まずは私達が平常の明るい日常を取り戻していかなければならないとも感じます。上に書いたように、被災地の苦しみは決して忘れることなく、しかし、自分たちがまずは千里の道の第一歩を踏み出して行こうと思いますsign01 そこで今回は、13日の日曜日に開催された、県大会について書きたいと思います。

 

 もう1週間以上前の事になりますがcoldsweats01 3月13日(日)に大野市で、新チームとして初の公式戦となる「第30回福井県少年団柔道大会」が行われていました。丸岡スポ少も新チームのメンバーでこの大会に参加させて頂きました。4・4・5・5・5年の5人制団体戦と、3・4年の部、5年の部の個人戦で争われた今大会、6年生が完全に抜けた、まさに来年度を占う意味でも大切な大会だったと思いますsign01

 

 僕は今大会、団体戦の様子をビデオで見せてもらいましたhappy01 丸岡スポ少は、団体戦では先鋒から副将まで4人が学年落ちというとても厳しいチーム編成で挑むこととなりsweat01 ビデオには、やはり厳しい試合の様子が映されていましたshock しかし、久しぶりに子供達の試合の様子を見たせいか、採点はかなり甘くbleah 楽しんでビデオ鑑賞させて頂きましたscissors


    先鋒  泉弥

    次鋒  Aゆむ

    中堅  T海

    副将  K太郎

    大将  K輔

 

 丸岡スポ少は、予選リーグでは鯖江市スポ少さん、柔整会さんと同じリーグに入っており、初戦は鯖江市スポ少さんとの対戦が映されていましたhappy01 先鋒戦・次鋒戦で、泉弥とAゆむが1本勝ちを奪い2連勝で中堅戦へと入りましたが、さすがに学年落ちの不利は厳しくsweat01 中堅戦・副将戦は逆に1本負けで落としてしまい、2ー2で大将勝負となる際どい展開になりました。ここで大将・K輔は、なんとか粘って引き分けに持ち込み、鯖江市スポ少さんとの対戦は2ー2のまま引き分けという結果だったようです。結果は引き分けでしたが、学年落ち4人のチームでよく頑張ってくれていたという気持ちと、チームの勝利を目指してもっと丸岡らしい柔道で頑張って欲しかったという気持ちと、半々といった感じでしたthink

 

 続く2試合目は、強敵の柔整会さんとの対戦sign01 しかし、強敵相手とはいえ勝ち負けももちろん大事ですので、1試合目同様に先鋒戦・次鋒戦が鍵を握るのは明白sign01 ここで先勝して勝負を面白くしていって欲しいところでしたhappy01 しかし、その肝心の先鋒戦で泉弥は、痛い引き分けとなってしまいましたshock 対戦相手は、強い4年生の女子選手でしたが、組み手で戸惑い常に先手を取られる厳しい展開・・・sweat01 今の泉弥では、こういう厳しい組み手争いや柔道の上手い選手との対戦では、まだまだ対応は出来ない状態です。こういう展開ではやはり寝技での勝負ももっと思い切って行ってみて欲しいところでしたthink

 

 先鋒戦、痛すぎる引き分けでしたが、次鋒戦ではさすがAゆむが相手選手の寝技への引き込みを上手く返して抑え込んで1本勝ちsign01 こうなると尚更、先鋒戦が痛く感じられましたcrying 1ー0で迎えた中堅戦からは、さすがに柔整会さんが強豪の力を発揮されshock あえなく3連敗でトータル1ー3の完敗でしたshock

 

 こうして新チーム初戦となる団体戦は、2試合を戦い1敗1分という結果でした。ここをスタートに、これからこの新チームは、今年1年どのような成長を見せてくれ、そしてどのような熱い試合で僕達を楽しませてくれるのでしょうかsign02 また今年度も、目が離せない1年が始まりますねwink

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2011年3月18日 (金)

大震災で知った日本の強さ

 東北関東大震災・・・・・地震発生から早や1週間が経ちました。被災地では、今もなお人命の検索や復旧・支援活動が行われています。被災された方々も相当に厳しい環境の中、必死に耐え抜き頑張っておられることと思います。それと同時に、支援の側に回っている僕の思いとするならば、支援・復旧のために活動されている皆さんも、相当の厳しい環境の中での活動をされており、本当に日本という国の強さ、日本人の強さを頼もしくも感じています。また、世界中の110以上の国や地域からも続々と支援の手が差し伸べられており、改めて地球の素晴らしさや人間の優しさを感じることが出来ます。このような状況を見ておりますと、復旧・復興への道は相当険しいことは明らかですが、必ずや日本は立ち上がってくれるものと信じさせてもらえます。

 

 本当は、被災直後の現地を直接目にした、被災地の現状等をお伝えしたいところなのですが、数々の制約もあり、また、僕自身の思いとしましても、この惨状のみをお伝えすることはあまり適切なことではないとも感じております。しかしながら、今回の大震災を遠くの地で起きた出来事としないためにも、もう一度、特に子供達に今回の大震災について考える機会を作っていただきたいと思います。また、これを教訓に、自分達が被災した時にどのように行動すればよいのかをもう一度整理する機会にしていただきたいと思います。

 

Photo_2Photo_3 さて、僕は3月11日の地震発生当時は仕事のために職場におりました。地震発生を知った直後から、緊急消防援助隊の派遣のため、そのまま待機をするように指示され、仕事をしながら出動の命令を待ちました。その間、長い期間の派遣に備えて着替えや水、食料、現金等の調達を家内に頼み、自らも出動の資機材の準備をしておりました。そして、日が明けた3月12日午前1時、緊急消防援助隊福井県隊が福井市防災センターに集結し、第一次派遣隊として被災地に向けて出発しました。福井県の各消防本部の精鋭たちが集結し、実に車両20台と人員80名以上にもなる派遣隊でした。嶺北消防組合、永平寺町消防本部、大野市消防本部、勝山市消防本部、鯖江・丹生消防組合、南越消防組合、敦賀・美方消防組合、若狭町消防本部、そして福井市消防局と、まさに福井県全域を挙げての援助隊でした。

 

Photo_4 深夜の1時に出発した第一陣は、実に19時間以上を掛けて、夜の8時に任務地である岩手県陸前高田市へと到着しました。福島県に入った辺りから、徐々に震災の爪あとが大きくなってきており、高速道路も所々で亀裂や地盤のずれが見られたため、思うような行軍が出来ていませんでしたsweat01 それでも、早い段階で一般車両の退避処置が確実に行われており、高速道路を通るのは緊急車両のみsign01 日本の防災システムがここでは上手く機能していたと感心しました。

 

 現地では、5分から10分おきに余震が続きsweat01 時に大きな揺れを伴う余震が起きるため、きっと被災された方々は、不安で夜も眠れないのだろうと思いました。この余震は、第一次派遣隊が帰るまで続いていました。

 

 

  被災地での活動を行っている間、常に地獄のような惨状ばかりを目にしていたせいか、心が折れそうになることも多々ありましたが、この間、一つだけ心温まる場面に出会うことが出来て、その感動に力をもらった気がしました。

 

 

 その心温まる場面とは、ある学校給食センターに行った時のことでした。地元の陸前高田市消防本部の職員と思われる方がそこで必死に活動を続けている時、ある女性がその消防士さんに近づいていき、涙を浮かべてその場に佇んでおられました。すると次にその後ろから、今度は3歳から5歳ぐらいと思われるお子さん2人を連れた別の女性が、またその消防士さんに近づいてきました。そこでようやく気がついた消防士さんは、思わず声を上げて子供二人を抱きかかえてうれし涙を流しておられました。そうです。その子供さん2人は消防士さんの息子さんと娘さんで、女性二人は奥さんと母親だったのですsign01 お互い、安否の分からないままだったのが、この時ようやく再開を果たすことが出来たのだと分かりました。僕は、家族の安否も分からないまま、それでも必死に地域住民のために不眠不休の活動をされていたその消防士さんを深く尊敬しました。また、再開を果たされたことを心から嬉しく思い、思わずもらい泣きをしてしまいました。

 

 また、最初に消防士さんに近づいてきて、涙を浮かべたまま立っていた女性は、その消防士さんのお母さんだったのですが、すぐに声を掛けられずに佇んでいたのは、きっと無事が確認できて嬉しかった気持ちと、このように立派に消防士として活動を続けておられる息子を誇らしく思っておられたのかもしれません。

 

  

 今、報道などでも出ておりますが、日本はこれだけの規模の大災害に遭われても、決して暴動や略奪、犯罪などは起こらず、国民は皆冷静に、そして力強くこの震災を受け止めておられます。被災地はもちろん、その他の都道府県でも国民の気持ちが一つになり、この東北関東大震災という脅威に立ち向かっておられます。その一つの大きな例として、今回は被災地では、避難所に運び込むための物資は相当の量が現地に送られてきているそうです。震災後、相当早い段階からです。これはまさに日本人みんなの思いの結晶だと感じます。しかしながら今回は、地震により関東圏の製油所がかなり被害を受け、また、現地では津波の被害により交通網が寸断されている地域も数多くあり、その影響もあって物資を運ぶための輸送手段がないために、このような物資不足が続いているのだという報道があります。

  

 また、計画停電も同じことが言えると思います。特に関東圏では、こうした計画停電は、都市機能をストップさせてしまう重大な決断であると容易に想像できますし、東京においては、首都機能までもストップさせてしまいかねない決断であったと思います。これにより多くの人々に影響が出ていることと思います。しかしながらどの報道を見ても、誰一人文句を言う人もなく、皆さんは口をそろえて「被災地のことを思えばこれぐらい」とおっしゃっていました。

 

 これは日本人が世界に誇れる「日本人の美学」だと思いますし、これら日本人のたくましい精神力と美学が、今、全世界から賞賛を受けているのだとと思いますsign03 決して自分だけのために行動せず、周りが一緒になって助け合い、現地では本当に素晴らしい光景もたくさん見させていただきましたhappy01 僕は今回、凄惨な現地に行って活動をしていく中で、一番の財産・宝物となったのが、こうした被災された方々の気丈で、たくましく、そしてみなが助け合う優しさを感じることが出来たことだと思っています。この国ならば、きっとこの大震災を乗り越えて行けるものと確信をしました。

 

 皆さん、被災地の方々はこのような悲惨で苦しい中でも、優しさと強さを忘れずに、皆さんからの支援を必死の思いで待ち続けています。我々に対しても、自分の事はまず置いておき、消防隊の活動に最大限の協力をしてくださりました。僕は被災地での惨状を知ること以上に、こうして被災者の方々が本当に気丈に、粘り強く、助け合いながら大震災を乗り越えようとしていることを知っていただきたいと思いました。人間の強さを知っていただきたいと思いました。大人も子供も、多くの思いを抱えながら、それでも前を向いて頑張っていることを、僕は現地で直接知り、どうしても皆さまにお伝えしたいと思いました。

  

 被災者の方々が、なぜこれほどまでに強くいれるのか・・・sign02 それは全世界の人々が、こうして被災地のことを思い、助けの手を差し伸べてくれることを知っているからだと思います。決して自分達だけではないことを知っているからだと僕は思います。人は助け合うことを知ればこんなにも強くなれるということを、今回僕は被災者の方々から学んだ気がします。インフラの整備が進まない中、また、携帯電話や加入電話の不通状態が続く中、僕達のこうした思いが、風に乗り遠く被災地の方々に届いてくれることを切に願うばかりです。

 

 

 

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2011年3月17日 (木)

東北地方太平洋沖地震(東北関東大震災)

 平成23年3月11日14時46分、東北地方三陸沖を震源とするM9.0、最大震度で7を記録する大地震(発表当初はM8.8)が発生しました。この大地震は観測開始以来、国内最大規模の大地震となり、宮城県・岩手県・福島県を始めとする東北地方各県から関東地方に至るまでの、実に広範囲で甚大な被害を与える災害となりました。国の想定していた防災計画をはるかに上回る災害、そして原子力発電所にまで影響が及んだこの大災害に向かい、今、日本はその持ちうる全ての国力を投入し、復旧にあたっていることと思います。

 

 まずは今回の東北関東大地震により被災された皆様に対し、心よりお見舞いを申し上げます。また、計らずもこの大地震により尊い命を落とされました方々に対し、衷心よりお悔やみを申し上げます。それと同時に、今もなお行方不明となり、どこかで頑張って助けを求めていらっしゃる方々が一刻も早く救出され、また、離ればなれになっておられる皆様が一日でも早く再会を果たされますことを、心よりお祈り申し上げております。

 

 私も今回、この大震災に際し、緊急消防援助隊福井県隊第一次派遣隊の一員として、被災地に真っ先に駆けつけましたが、その想像をはるかに絶する凄惨な光景を目の当たりにし、とても現実のこととは信じられませんでした。まさに地獄のような惨状でした。そして自然の為す脅威に対し、怒りとともに改めて人間の無力さを痛感させられました。しかし!実際に現地に入り、その強大な自然の猛威に対しても、決して弱音を吐かずに必死に現実に立ち向かい戦っておられる被災者の方々を目にし、人間の強さを知ることができました。

 

 私達福井県隊が任務にあたった岩手県陸前高田市は、そのほとんどが壊滅的な打撃を受けた地域でありましたが、そこの被災者の方々は本当に気丈に、そして粘り強く頑張っておられ、私も本当に胸を打たれました。被災者の皆様は、自身のお身内の行方すら掴めず苦しんでおられる方ばかりのはずなのに、私ども派遣隊を温かく、そして頼りにして迎えて下さり、私どもの活動に最大限の御協力下さり、心より感謝申し上げます。私どもも被災地のために全力で救援活動を行いましたが、力及ばず残念ながら生存者の救出には至りませんでした。お詫び申し上げます。しかし福井県隊は、今後も二次・三次・・・と、私の仲間たちが援助隊として派遣されています。どうか最後の最後まで諦めず、雪国らしい粘りを持って頑張って下さい!

 

 今回、東北関東大震災に見舞われた皆さんが、寒さと物資不足、不安と無力感、そして大きな悲しみから本当に辛い日々を送っておられることは、現地に行った私どもも少しは理解しております。こんなことしか言えずに情けないのですが、とにかく頑張って下さい。諦めないで下さい。みんなで力を合わせ、一日も早く日常を取り戻されることを願っております。今、日本中の人々が今回の大震災に心を痛め、そして救援に向けて最大限の努力をしていることと思います。この度は本当に大変でございました。

 

 次回は、被災者の心情に最大限の配慮をしつつ、また、職務上伝えられる範囲だけですが、私が目にした被災地の様子と惨状を、このブログを御覧の皆様、子供達にも知っていただき、今、被災地で何が起きているのかを考えてみて頂きたいと思います。もちろん、皆様も子供達も、本当に心を痛めていらっしゃることと思いますが、私も現地に行き初めて知った現実もあります。被災者の方々の痛みを少しでも考えられる一助となり、そして何より被災者のためを思い、心が痛みますがもう一度次回のブログで今回の震災を振り返りたいと思います。

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2011年3月10日 (木)

6年生達との思い出(2)

 前回からの続きて、今月で卒団を迎える6年生達との思い出の2回目ですhappy01

 

Yuki 今回、まず最初にご紹介するのは、おそらくスポ少歴が美希弥と並んで一番長い、Y輝の思い出ですhappy01 Y輝は、周りから見ていても明らかに運動神経が良さそうな子で、柔道のセンスは丸岡の中でもピカ一の選手だと思いますshine 左組みだから・・・というのもあるかも知れませんが、兄と弟とも少し違うタイプの柔道に見えますし、軽量級独特の雰囲気を持った選手だと思います。

 

 体格が小さいのもなかなか苦労や歯痒さが多かっただろうし、丸岡柔道の特徴であるガンガン前に出て取るか・取られるかの柔道スタイルに、センスが良過ぎるのが逆にあだになることもあってsweat01 柔道的にも精神的にもかなり大変だったと思いますthink でもsign01 そんなY輝の、僕にとって忘れられない試合が一つありますsign01 Y輝の柔道センスの良さと丸岡のガンガンスタイルが見事に融合した、まさにY輝のベストバウトsign03

 

 その試合は、2008年9月、まだY輝が4年生の時ですがcoldsweats01 鯖江市の中央中学校武道館で行われた「キッズ柔道交流大会」の個人戦ですsign01 4年生当時のY輝は、今よりも更に体格が小さくsweat01 対戦相手は自分より2倍近くはあった選手でしたcoldsweats02 しかしその試合でのY輝は、丸岡スポ少の柔道スタイルらしく積極的に攻める、そして得意技の背負投げに最後までこだわった柔道を見せてくれて、最後はとうとうその背負投げで大きな選手を投げ切っての1本勝ちsign03 素晴らしくカッコいい柔道でしたhappy01 自分の2倍はあろうかという選手を背負投げで投げ切るには、当然まぐれや偶然では出来るはずもなく、やはり投げることを知っているセンスの良さがあるY輝だからこその結果だと思いますhappy01 きっと彼は中学に入り、これから一気に目覚めの時を迎えて強い柔道家になっていくことでしょうsign01

 

 おそらく4月からは、美希弥と2人で同じ中学で柔道を続けて行くことになる・・・はず・・・・・ですよねぇsign02coldsweats01 はにかみ屋さんでテレ屋というシャイな一面を持つY輝、中学でも美希弥とともに元主将と副主将らしく、丸岡柔道を貫いたカッコいい柔道を続けてもらいたいですねgood

 

 

 さて続いての思い出、4人目はM紀ですhappy01 M紀は僕の中では、入団してきて初めて練習を見た時の、あの驚きが一番の思い出ですsign01 入団当時、体格は普通よりやや恵まれているくらいかな、という感じだったのですが、最初の基礎運動の動きを見た時の、あの運動神経の良さには本当に驚かされてcoldsweats02 「これはとてつもない新人が入って来てくれたなsign03と、胸踊る気持ちになったのを今でも覚えていますgood そしてその期待通り、瞬く間に実力を付けていき、その年の高浜町大会でいきなりの優勝を飾りましたshine

 

Mizuki その後も、幾つもの好試合を見せてくれて、何回もの大会入賞を果たしましたが、同期にこれまた素晴らしく強い女子選手がたくさん揃っていたせいもありsweat01sweat01 ついにはビッグタイトルには手が届きませんでしたcrying しかしsign03 僕は断言しても良いですが、M紀はこの小学生のスポ少時代、彼女が持っているものの半分もまだ出していないと思いますsign01 彼女のポテンシャルの高さは、普段の練習の時にもチラリと垣間見ることがたまにありますが、その実力が開花したならば、同期にズラリと並ぶビッグネームにも決してひけはとらないはずですhappy02 中学になり、Dさん、Yさん、Tさんらと肩を並べる中・重量級のトップ選手に成長してくれるのが、今からもうすでに楽しみですwink(中学生になっても柔道を続けるのかは全く知らないのですが・・・coldsweats01 多分頑張ってくれるんでしょうねgood

 

Mizuki2 また、M紀は柔道自体だけではなく、性格的にも明るくて今どきの女の子らしくハキハキした子で、いつも女子のまとめ役だったし、チームのムードメーカーとしても頑張ってくれましたよねshine 声が小さく頼りない主将を補ってcoldsweats01 彼女のおかげでチームは何度救われたことかsign02 仲間の試合でも、真っ先に大きな声で声援やアドバイスを送っていたのは、いつもM紀でしたね。仲間思いで弟思いで優しい一面もたくさん見せてくれましたhappy01 持ち前の明るさと優しさを持ち続け、中学生になっても周りの仲間達の太陽になって頑張ってほしいですねhappy01

 

 

 そして今回、最後の思い出は丸岡スポ少の最重量級で、頼れる大将に成長してくれたSょうの思い出ですhappy01 Sょうは5年生の夏休みが明けた辺りから、グングン体が大きくなっていってくれて、気付いた時にはR一を上回る体重で大将のポジションにいましたcoldsweats02 チームとしては、R一を副将で使えるのも大きかったですし、何よりSょうの成長は大きな収穫でしたscissors 思えば不安だらけでスタートしたcoldsweats01 このメンバーが5年生だった春。ここまで熱い戦いを見せてくれるチームになったのは、なんといってもSょうの成長抜きには語れないと思います。

 

Syou そんなSょうの思い出に残る試合は・・・・実は僕は結構多いんですよねgood 振り返ってみると、ポカも多かったのは多かったのですがcoldsweats01 逆に熱くなる好勝負も数多く思い出に残っていますhappy01 ある意味、一番丸岡柔道らしい試合をしてくれていた証なのかもしれませんねwink そんな数多くある思い出の試合の中で、あえてここに挙げるとすれば、何といっても2年前の2009年2月に行われた「羽咋市少年柔道大会」の2部決勝トーナメントsign01 準決勝進出を賭けて戦った強敵・川口道場さんとの一戦ですnote この試合、次鋒として出場したSょうでしたが、お互い学年落ちでT君との対戦でした。先鋒戦を1本負けで落としておりsweat01 チームの勝利のためには、この次鋒戦は何としても1本で取り返さなければならない場面think 逆を言えば、両チームの戦力を見比べた時に、この次鋒戦を落としたらほぼノーチャンスで負けが決まってしまう、しかもただ勝つだけでもまだ厳しい展開となってしまう局面だったということですthink

 

 そんなプレッシャーのかかる重要な場面、対戦相手は勝ったり・負けたりを繰り返しながらも、この当時ではやや分が悪かったT選手との対戦で、見守るこちらもとても緊張して見ていた試合でしたheart01 そういう意味でも良く覚えている試合ですねhappy01 この試合でSょうは、何とT選手から抑え込みで1本勝ちしてくる執念の勝利を挙げてくれましたぁshine ちょっと大袈裟過ぎるかもしれませんがcoldsweats01 この当時、丸岡スポ少の子が寝技の鍛えられている川口道場さんから寝技で勝って来るなんて、本当に奇跡に近いくらいの出来事でしたからbleah まさにSょうの勝負に対する執念が奇跡を巻き起こしたのだと思いましたgood 結局この団体戦では、代表戦の末負けてしまいましたがsweat01 Sょうのナイスファイトがあったからこそ、代表戦までもつれ込む熱い試合を見て感動することができたのだと、今でもSょうには感謝していますhappy01

 

 Sょうは、中学生になったら厳しい環境の中でどんどん鍛えられていくでしょうから、きっと素晴らしい柔道選手になってくれると思いますup 小学生時代に見せてくれた数々の好勝負を胸に、自信を持って更なる成長をしていってもらいたいものですhappy01 中学でもR一とSょうが再び同じチームの選手として並んで立ち、団体戦を戦っている姿が見れる日が来るよう、僕も今から心待ちにしていたいですwink

 

 

 さて、ここまで2回にわたり5人の6年生達との思い出を書いてきましたが、いよいよ次回が最終回、僕もこの記事を書きながら次々と書ききれないほどの思い出が込み上げてきましたhappy01 きっとそれぞれの父兄さん、先生方、子供達自身にも、それぞれに忘れられない思い出があるのでしょうねwink そんな思い出を振り返るきっかけとなってくれるとありがたいですhappy01

 

 

 

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2011年3月 9日 (水)

6年生達との思い出

 いよいよ3月に入り、世間はすっかり卒業モードcrying 3兄妹の次男・美希弥も小学校を卒業し、4月からはいよいよ中学生になりますcoldsweats02 あの美希弥が・・・ですcoldsweats01 時の流れは早いものですねsweat01sweat01

 

 丸岡柔道スポーツ少年団は今年、8名の6年生が団を卒団していきますcrying 8名それぞれに、きっと素晴らしい思い出が残っていることでしょうwink 中学生になってからは、地元の中学校で柔道を続けて頑張っていってくれる子、更なる成長の場を求めて、柔道に力を入れている私立中学校へ挑む子、柔道を辞め新たな道へと進んでいく子、はたまた柔道部のない中学校ながら、団に練習に来て初段を目指そうという子・・・、本当に様々な進路へと進んで行きますねhappy01 みながそれぞれ自分で決めて進む道ですから、僕はどの道に進むことになっても、いつまでも彼等・彼女等の活躍を応援して行きたいと思いますscissors きっと今の6年生達ならば、どの道に進むことになっても、頑張って素晴らしい活躍をしてくれることでしょうsign01

 

 野暮になりますが、小学生時代に丸岡スポ少で先生方や仲間達から学んだ柔道の精神と、何事にも邁進していく不屈の精神、どんな強敵にもひたすら前に出て勝負を挑んでいく強い心を忘れずに、それぞれの道で頑張っていって下さいhappy02

 

 さて、今回からはそんな6年生達のために、3兄妹の父の心の中に今も残っている、彼等の数々の名勝負を振り返り、熱い戦いで僕達を楽しませてくれた御礼、そして旅立って行く6年生達への餞けとしたいと思いますhappy01

 

 

Ryuuiti_2 まずは6年生の中で一番最後に入団してきた、しかし最も頼れるポイントゲッターに成長してくれたR一の名勝負をsign01 僕の中でR一の一番の名勝負といえば、何と言っても2009年12月に行われた三つ葉大会の団体戦、川口道場さんとの一戦で副将対決となったR一対F太君との一戦ですねsign01 確かこの勝負は、1年から6年までの6人制団体戦で、2ー2の同点の場面で迎えた戦いだったと思いますimpact 2ー2ですが内容は負けている状態、しかも次の大将戦は学年落ちのため、この副将戦は是が非でも1本で勝たなければならない厳しい場面dash 対戦相手は、まだR一が勝ったことのないF太君sign01 しかしこれだけの厳しい条件の中、背負投げを得意とする相手に対し、それを恐れることなく前に圧力を掛け続けたR一lovely 最後は小外刈りのような形で見事に強敵から1本を奪ってきました。当時、おそらく丸岡の選手がまだ誰も一度も勝ったことのない相手だっただけに、大金星への驚きとともに美希弥が倒すはずが先を越された悔しさとbleah そんな思いもあってよく覚えている試合ですhappy01

 

 もう一つR一の名勝負をscissors 一つ目の三つ葉大会から遡ること4ヶ月あまり。真夏の8月、日本武道館へ遠征に行った時の初戦、副将として出場した試合が印象深く残っていますhappy01 この団体戦の時の副将戦は、中堅戦までで1-1(内容はリード)という場面での試合でしたが、R一がキレイに送り足払いで1本勝ちでチームの勝利を決めた試合でしたgood 団体戦での勝敗を決める絶好の場面とはいえ、あの大きな会場での1本勝ち、あれほど相手をキレイに宙を舞わせた足払いは本当にキレイでしたhappy01 卒団を迎えた今日まででも、R一にとって一番キレイに投げ切った技だったと思います。

 

Ryuiti_2 こうしてR一は、6年生になってからも、チームのポイントゲッターとしていくつもの試合でチームを救う勝利を挙げていますし、名勝負もまだまだ尽きないのですがgood 中学生になってからもR一らしい柔道で、中学でもポイントゲッターになれるくらいの活躍を期待したいですgood ま、中学生になったら、美希弥にきっちり投げられてもらいますけどねぇbleah

 

 

 次も思い出深い名勝負sign01 R佳編ですhappy01 R佳といえばもちろんsign03 2009年夏のビッグイベント、日本武道館での激闘と2回戦での負傷ですねhappy01 この大きな大会の緊張MAXの試合で、R佳はカッコ良かったですねlovely (あっsweat01 女の子にカッコいいはダメか・・・coldsweats01 でも、本当にカッコよかったんだから仕方ないです)  この大会、丸岡チームの次鋒として出場したR佳。試合自体は負けちゃいましたがsad 僕が見た今までのR佳の試合の中で一番R佳らしい試合だったように思います。「R佳らしさ」といえば、もちろん団内一とも言うべき負けん気の強さが魅力の選手ですgood この試合では、その負けん気の強さを存分に発揮し、普通なら1本を取られて負けてしまってもおかしくない試合を、有効一つの優勢負けで凌いできてくれました。負けてしまったのは残念でしたが、チームとしては1本負けではなくて本当に救われた試合でしたし、次の中堅戦以降に大きな勇気をもたらしてくれたナイスファイトだったと思いますgood

 

 また、R佳は続く2回戦では足の親指を根元から割る怪我に見舞われshock こちらも印象深い出来事でした。負けん気の強いR佳らしさが裏目にでてしまいsweat01 相手選手の技を最後まで投げられまいと踏ん張った際のアクシデントでしたcrying R佳は今大会、本当にチームのために頑張ってくれて、自身は勝てませんでしたが日本武道館の畳の上でたくさん「らしさ」を見せてくれた、まさに3兄妹の父が選ぶR佳のベストバウトだったように思いますhappy02

  

Reika

(この記事の日本武道館への遠征中です。この時からやってくれる気配はあったんですね。大物ですbleah) 

 

 

 

Reika2 最後に、R佳は普段の会話の時にも、いつも明るく優しい表情で僕に接してくれて、本当にありがとうwink R佳には、中学生になっても持ち味の負けん気の強さを無くさずに、お父さんのように優しく強い柔道家を目指して頑張っていってほしいですscissors

 

 

 ※注 この記事に掲載したどの写真も、特にコメントがない限り本文の内容とはほとんど関連がありませんのでご了承くださいcoldsweats01

 

 さてさて、ここまで2人の6年生との思い出をずらずら書きましたが、長くなってきたので、続きは次回にまわしたいと思います。

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2011年3月 4日 (金)

気合いの入った乱取り

前回水曜日の練習、3兄妹の父は打ち込み練習の時に武道館に到着。しばらく打ち込みの様子を見学していました。1本1本の打ち込みを、いろいろ工夫したり考えたりしながら、そして注意されたところに気をつけながらの打ち込み!すぐには上手く出来ませんが、こんな風に考えながら練習できるようになったのも、大きな成長の証だと思いましたhappy01 水曜日の打ち込みの様子を見ても感じたのですが、やっぱり最近の丸岡スポ少、何か良い感じですhappy01


そして打ち込みに引き続いて行われた乱取り稽古happy01 良いモノを見させてもらいましたcatface ここのところいい感じの練習が行えている2年生wink この日は、M衣ちゃんとR晴の乱取りが熱かったですねhappy02 M衣ちゃんの怒涛の攻めsign01 もしかしたらR晴を背負い投げで投げちゃいそうな勢いでした。すると、先生方の煽り方も上手くて面白く、M衣ちゃんの攻めはさらに強烈になってきましたsign01 いつもだったら、R晴との乱取りだとどうしても逃げ腰だったあのM衣ちゃんからすると、物凄い成長ですgood こういう練習を続けていれば、必ず強くなると思いますし、実はM衣ちゃん、強過ぎるR晴に隠れて目立ちにくいですがcoldsweats01 元々かなり強い子なんでcatface かなり期待がふくらんできますcatface


また、こうしてM衣ちゃんばかりが褒められ、しかも攻められっぱなしになると、今度はR晴だって黙っちゃいられませんsign01 すぐに鬼の反撃でM衣ちゃんの気持ちを折りにきましたね。意地と意地のぶつかり合うかなりナイスな乱取りで、他の学年も見習ってほしい対決でしたconfident 2本続けての乱取りで、最後はR晴が貫禄で上回った感じでしたが、M衣ちゃん、この調子の練習の取り組みなら、近く背負い投げでR晴を投げるシーンが見れるかも知れないし、そうなってくるとR晴だってそう簡単には投げさせてはあげまいと、練習にチカラも入ってくるはずですよねgood


「おっsign01 M衣、凄いsign03 カッコイイlovely


「おぉぉっup おっしいなぁぁnote もうちょっとやったぞgood

「良い!それ、最後までもってけぇぇsign03


目をうっとりと、そしてキラキラ輝かせながら、先生方の視線を釘づけにしてしまうM衣ちゃんのカッコイイ柔道sign03 今後ますます目が離せませんねsign03



水曜日は6年生達もそうだったのですが、見ていてワクワクしてくるようなnote 本当に面白い練習がたくさん見れて、それが徐々に多くなってきている感じに思います。この雰囲気がもっと広まっていくと楽しいですねgood

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2011年3月 3日 (木)

ひなまつり

 3月3日はひなまつりcherryblossom 女の子の節句ですねhappy01 うちも3兄妹の末が娘ですので、もうすでに小さいながらも雛人形を出して準備は万端です。ここ最近は、ひなまつりだからといって特に何かする訳でもなくなってきていますがcoldsweats01 昔は我が実家でも、妹のために5段も7段もある大層な雛人形を出して、昼間から親達が白酒を飲んでお祝いしていたものですhappy01 娘のため節句のはずが、いつの間にか親達の宴会に成り代わっていましたよねcoldsweats01 妹も小さい頃はひなまつりになると、顔に大層なお化粧をして、真っ赤な口紅をつけて、着物やドレスなんかを着て写真を撮ってもらったりしていたのを覚えています。

 

 それがいつの間にか簡略化していくようになり、最近では家族だけで簡単なお祝いとひなあられを食べておしまい・・・という感じになっています。お祝いすらしないのかもしれませんがcoldsweats01

 

 ところで、ひなまつりでは昔から3色の菱餅を食べ、ちらし寿司にハマグリのお吸い物を飲む風習がありますhappy01 でも、昔から疑問だったのですが、なぜひなまつりにはハマグリのお吸い物を飲むのでしょう?これはついこないだ知ったことなのですが、ハマグリのお吸い物を飲むのにはこんな理由があったのです。

 

 ハマグリのような2枚貝は、その重なり合っている2枚の貝同士でなければ、他のどの貝ともピッタリは重なり合わないと言われています。そこから、一度結婚して幸せになった後は、二度と離れることなく夫婦がいつまでもぴったり重なり合って一生を添い遂げて欲しい。他の貝と一緒になろうとしないように・・・

 

 との願いをこめて、ハマグリのお吸い物を出すのだそうですhappy01 納得ですconfident 泉弥は将来、嫁に行く日が来るのかどうか・・・・・coldsweats01 おそらく行かないでしょうがbleah どうなるか今は全く考えられませんが、とにかく健やかな成長を願いたいものですhappy01

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2011年3月 2日 (水)

丸岡スポ少躍進の理由

 先週の丸岡大会の最終章になりますが、この大会で丸岡スポ少は4部門で優勝者を出し、また計7人もの3位以上入賞者を出すという、ある意味大健闘を見せてくれた大会でありましたhappy01 しかもsign01 結果だけではなくて内容も素晴らしい試合が多く見られ、まさに躍進の大会となった・・・と言ってよいかもしれません。しかし、このような好成績を収めることができたのは一体どうしてなのでしょうか?あっさりと負けてしまって、残念な試合をすることも多々あった丸岡の子供たちが、このように素晴らしい試合を見せてくれたのには、何か理由があるはずですthink そこで僕なりにこの大会を振り返り、このような結果になった理由を探ってみました。

 

 僕が考えるのには、大きな理由としては3つの要因があったからだと考えますconfident まず一つ目は、何といっても丸岡スポ少の得意な柔道スタイルで戦えたから・・・というのが挙げられると思いますscissors 丸岡スポ少の子供たちが教わっている柔道は、先生方に似てまっすぐな柔道が持ち味ですbleah しっかり持って1本取る柔道sign01 しかし、この柔道しか知らない子供たちは、技術を持った選手やテクニックのある柔道に対応しきれず、あっさりと敗れてしまうという結果も多々ありました。その結果、持ち味である気持ちまでも下がり気味になり、また負ける・・・といった悪循環が生まれてしまいますshock しかし今大会に出場した他チームの選手達は、みな1本を取る柔道を目指して自分達の練習してきた柔道をお互いにぶつけ合う、そんな素晴らしい柔道をしている選手達ばかりで、その結果、丸岡スポ少の子供達も自分達の得意なスタイルで自信を持って戦うことが出来ていたのではないかと感じましたhappy01 自分達の得意な柔道で勝負をしているのですから、この土俵では丸岡としても負けるわけにはいきませんからねwink 僕は、県大会クラスの大きな公式戦であっても、県外のチームが多数出場するような遠征試合でも、この柔道スタイルで自信を持って戦えば、丸岡の子達はしっかり勝負できる選手達ばかりだと思っていますgood 確かに技術面や技のキレ、多彩さ、力強さ、試合運びに精神力など、他チームに劣る面は多々あるとは思いますが、そのチームごとの持ち味として、丸岡の持ち味を十分出せるような試合には出来る子達ばかりだと信じています。「何としても1本で決着をつける」という強い気持ちは、それら劣る面を補うには十分すぎるくらいの武器になると思いますgood どの大会のどの試合でも、今大会の自分達のスタイルに自信と信念を持って戦えるようになって欲しいと思いますhappy01

 

 次に二つ目の理由としては、寝技で簡単にやられなくなった・・・という点も注目すべき点だったと思いますhappy01 今大会の試合を見ていても、以前の丸岡の子供達だったら確実に抑え込まれて負けていたな・・・shock と思うような場面で、簡単に抑え込まれることがなくなったように感じました。これは昨年からの寝技の強化の成果に他ならないと思いますhappy01 まだまだ相手を抑え込むところまでは行けない子も多いのですが、少なくとも簡単に抑え込まれてしまう様な事は少なくなったと感じますし、立技から寝技の攻防に移る際の反応が格段に良くなったと思いますgood これは、寝技への意識が少しずつ定着してきたという証拠でもあると思います。まだまだ、自ら寝技の勝負に行けるような子は少ない現状ですが、短期間の強化でこれほど目に見えるだけの成果が出るのですから、これからも少しずつでもレベルアップして行ってほしいと思いましたhappy01 

 

 最後に三つ目の大きな要因としては、団結力が挙げられると感じました。昨年の12月、高浜町大会の時にも感じて記事に書かせていただきましたが、チームの仲間同士の結束力がかなり付いてきた印象を、僕は先週の丸岡大会でも感じることが出来ましたwink 実際僕も試合を観戦していて、Aコートの方では自分のチームの選手が戦っている時に、大きな声で応援していたり、時にはアドバイスを与えている子供達の姿を数多く見ましたgood これは実際に戦っている選手にしてみれば大きな勇気と力をもらえるだろうし、いつも以上の力を発揮することに繋がると思います。また、応援してもらうことにより、今までは自分個人として戦っていた個人戦を、丸岡スポ少というチームの一員として戦っているという自覚を持って試合に臨めるようになると思います。これは選手にしてみれば大きな力になるはずですgood もっともっと、自分達の仲間が必死になって戦っている姿に、自らがしているかのような気持ちで応援できるチーム作りをしていってほしいと思いますhappy01

 

 さて、以上3点、僕なりに勝手な思いで要因を探ってみましたが、このほかにも小さな変化から大きな変化まで、まだまだ成長している点は見て感じられる試合が多かったですhappy01 熱く燃えるような試合は、たとえ勝っても負けても清々しい気持ちになれるものです。丸岡の選手達が全員、自分達の柔道に自信を持って堂々と熱い試合を見せてくれることを期待して、またワクワクしながら次の観戦機会を待ちたいと思いますsmile

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