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2010年3月26日 (金)

飛鳥時代(後編)

 もうお忘れかもしれませんがcoldsweats01 前回、飛鳥時代・前編の続きです。大化の改新ですが・・・

 

 大化の改新の大きな目玉としては・・・

① 今回の蘇我氏のように一人の大臣に権力を集中させることが無いよう、左大臣右大臣内大臣という3人の大臣を置くようになった。

② 東国の戸籍調査や田畑の調査を行い、政府の収入の安定を図った。

 

 ということが挙げられます。こうして着々と中央政府の力を強めていき、大化の改新を行った孝徳天皇の跡を継いだのが中大兄皇子でした。天皇即位後、天智天皇といいいました。百人一首の一首にも詠まれている、

 

 秋の田の 刈り穂の庵の苫をあらみ 我が衣手は露に濡れつつ

 

 という歌を歌った万葉歌人としても有名な天智天皇happy01 ですが、外交面で朝鮮政策に失敗してしまいますsweat01 白村江の戦いに敗れてしまったのです。その後は、朝鮮からの脅威に備えるため、自国の防備に力を注いでその職務を終えました。

 

 天智天皇の没後、またしても後継者争いが勃発しましたsweat02 天智天皇の息子・大友皇子と天智天皇の弟・大海人皇子が争いを起こし(672年・壬申の乱)、その結果、天智天皇の弟・大海人皇子が勝利して天皇に即位しました。天武天皇といいました。この天武天皇からはしばらくは、天武天皇の直系が天皇を歴代していきますが、途中、再び天智天皇の系列が政権奪取を果たし、やがて平城京遷都(710年)を迎えます。平城京とは、いわゆる「奈良の都」で、中国の長安を参考に作られた都だと言われています。遷都を敢行したのは元明天皇です。

 

 この大化の改新から平城京遷都までを飛鳥時代後期と捉えるのが一般的なようで、前期が奈良県明日香村を中心として飛鳥文化が栄え、この都を「藤原京」と呼んでいました。後期は奈良県奈良市がその中心で「平城京」、白鳳文化が栄えた時代です。

 

 これで飛鳥時代は終わりです。次は、さらに変化の激しい時代、そして日本文化の象徴でもある「平安時代」のお話になります。

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