« 気持ちの強さ | トップページ | 習い事 »

2010年1月31日 (日)

古墳時代

 前回、弥生時代に登場した「邪馬台国・卑弥呼」の記事を掲載しましたが、今回はその続きで古墳時代のお話です。僕らの世代では、この時代を「大和時代」と習っていたのですが、現在ではこの呼び方はほとんどされず、学校で子供たちが習うのも「古墳時代」という呼び名です。これはこの時代に、大阪府堺市に現存する「大仙陵古墳(仁徳天皇陵古墳)」に代表される「前方後円墳」などの古墳が多数作られていたことに由来するそうです。ちなみにこの古墳は、日本最大の古墳としても有名ですscissors

 この古墳時代には、弥生時代を経て邪馬台国をベースに成立したと考えられている「大和統一国家」が誕生し、大王(おおきみ)と呼ばれる天皇の統治による国家が誕生しました。古墳時代を世紀で表すと、紀元後3世紀後半から6世紀終わり辺りのことになります。わが国の初代天皇「神武天皇」と古事記や日本書紀に記されていますが、これも含めて初期の天皇は実在の人物ではなかったようです。確実に実在したと分かっているのは、実に26代目の天皇からだそうです。しかし、大和国家が確かに存在し、大きな権力を持って隆盛を極めていたのは間違いのないことのようです。

 

 

 

 しかしこの時代(大化の改新以前)の大王は、大和国家の中で権力者としての絶対的地位を持っていたわけではなく、地方の有力豪族(前回の記事で紹介したような、貧富の差により支配者になっていった者達)による連合政権の色が濃かったとのことで、大王自らも幾多の戦場で実際に剣を持って戦っていたという記録も残っています。この時代の有力豪族として有名なのが、蘇我氏(そがし)や物部氏(もののべし)・大伴氏(おおともし)といった、みなさんも聞いたことのある名前の豪族たちです。彼らは、「氏姓制度」と呼ばれる制度によりランク分けされており、氏姓を名乗ることを許された豪族たちです。彼らは後の鎌倉・室町時代には「貴族」と呼ばれるようになります。

 

 

 

 ランクとしては、「臣(おみ)、連(むらじ)、国造(くにのみやつこ)」などに分けられ、蘇我氏は最高ランクの臣、物部氏や大伴氏は連となります。

 

 

 

 やがて、天皇も代を重ねていく中で、当然のことながら暗君と呼ばれる無能の天皇や、私利私欲に走る暴君が現れるようになります。そうすると、権力を持った有力豪族(臣・連ランクの豪族)や不平を抱いていた地方の豪族(国造ランクの豪族)が反乱を起こすようになり、やがて天皇の力は衰えていくことになります。

 

 

 

 こうして古墳時代は終わりを向かえ、やがて聖徳太子らが活躍する飛鳥時代へと移り変わっていきます。

 

 

 

 つづく・・・

 

|
|

« 気持ちの強さ | トップページ | 習い事 »

偉人の名言」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/509209/33143801

この記事へのトラックバック一覧です: 古墳時代:

« 気持ちの強さ | トップページ | 習い事 »