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2009年4月13日 (月)

オスカー・シンドラー

 前回予告の通り、世界大戦中の悲惨な出来事のお話しですthink

 

 タイトルの「オスカー・シンドラー」は、1900年代初め、チェコで生れたドイツ人です。裕福な家に生まれ、自身も実業家として大きな富を得て、そうして手にした金を湯水のように使う、いわばプレイボーイ的人物だったようですhappy01

 

 そんな彼が、あの有名な「シンドラーのリスト」と呼ばれるリストに挙げた1200人近くものユダヤ人を、「ホロコースト」と呼ばれるナチスドイツ軍によるユダヤ人大量虐殺から救ったという逸話は、にわかには信じられない感じがします。なぜ金持ちで一生裕福でいられるはずのシンドラー氏が、私財の全てと命を賭けてまでユダヤ人を救ったのでしょうか? そしてどのような手段であのナチスドイツ軍の「ホロコースト」からユダヤ人を守る事ができたのでしょうか??

 

 

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 1900年代半ば、世界は大戦に突入しcoldsweats02 ヨーロッパではドイツ軍がヒトラー総帥のもと大きな力を持っていました。ナチ党とよばれた彼らは、人種差別政策の一環として「すべてのユダヤ人を根絶やしにする」という怖ろしい計画を実行しようとしていました。世に言う「ホロコースト」ですsign03 

 

 このホロコーストでは、アウシュビッツ強制収容所という場所が有名です。現在のポーランドにあったこのアウシュビッツ強制収容所think 現在は「負の世界遺産」として登録されている場所です。。。

 

 アウシュビッツ強制収容所へ続く線路は、収容所内で2つに分岐します。1つは身長120cm以上の健康な男子のみを乗せた列車が通ります。もう1つは女性・子供・老人といった方々のみを乗せた列車が通ります。ヨーロッパ各地・各々の場所で列車に乗せられたユダヤ人や政治犯達が、収容所の検疫所で選別・消毒された上、2つどちらかに続く列車に乗せられ収容所へと運ばれるのです。

 

 男子を乗せた列車はそのまま強制収容所へと続き、そこに運ばれたユダヤ人は死ぬまで地獄のような強制労働を課せられ、やがてほとんどが死んでいきました。強制労働の中身はまちまちですが、もっとも酷い肉体労働で有名なのが、午前中に大きな穴を掘らせて午後にはその穴を埋めさせる・・・という全く生産性のない「苦しめる事」だけが目的の労働を課していた、ということらしいですshock 

 

 一方、女性・子供・老人などを乗せた列車はそのまま毒ガス室へと続きました。。。その後はみなさんのご想像の通りです。小学校から生徒を乗せた列車も来たそうで、子供たちを引率してきた教師もろとも・・・なんていうこともあったようです。

 

 ここでは人体実験が行われていたという事実も忘れてはなりません。どちらの列車に乗せられても、行き着く先は地獄だったのですdown

 

 なんとも怖ろしい話しですsign01 とても人間の所業とは思えませんが、やはり戦争とは人を狂わせるものなのかも知れませんね。

 

 

 そんな当時、シンドラー氏は実業家としていくつもの工場を経営しており、ナチスドイツ軍からも特別許可をもらっているほどの軍需工場も手がけていました。そのお陰もあって、労働力の提供という名目で多くのユダヤ人を労働力として要求する事が可能だったのです。その際、雇い入れるユダヤ人を「熟練の金属工」ということでリストに書き入れ、そして働かせる許可を取っていたのです。経緯はいろいろですが、戦争中のいくつもの情勢変化を経て、シンドラー氏は合計1200名近くもの「処刑されるはず」のユダヤ人を助ける事になりました。その多くは、強制収容所に送られるはずのユダヤ人を技術者ということで偽のリストを作成し自工場の労働者として雇ったことによるものでした。

 

 シンドラー氏も、このようなドイツ軍によるユダヤ人の迫害を実際に目の当たりにし、自分の快楽のためだけに夢中だった生活を全て捨て、ユダヤ人を助ける事だけのために財産の全てと自分の命を賭けるようになった・・・ということでしょうか。

 

  これは彼が「人」としての心を失くしていなかったという証拠に他なりません。この戦時中という異常な狂気の世の中で、ましてや彼はドイツ人です。黙っていれば自分は幸せにいれたはずです。

 

 

 そんな彼は戦後、いくつもの事業に失敗し貧困生活を強いられる事になったのですが、彼に命を救ってもらったユダヤ人達は、感謝の気持ちとして彼らに唯一残された財産でもあった本物の金歯を集めて指輪を作りシンドラー氏に贈りました。その指輪には、

 

 「たった一つの命を救うものは、全世界を救うのである」

 

 と刻まれていたそうです。

 

 シンドラー氏に助けてもらったユダヤ人の名前は、今も本になりリストとして残されているとのこと。

 

 

 余談になりますが・・・

 

 アウシュビッツで強制労働を強いられながらも、奇跡的に解放の時まで生き延びる事ができたユダヤ人も多くいたそうです。その人たちに興味を抱いた連合軍が調査を行ったところ、肉体や体力の強靭さを持った者が生き延びる事ができた・・・ということではなかったそうです。

 

 生き延びる事が出来た人は、

 

 ① 過酷な環境にあっても「」を実践した人々。アウシュビッツの全員が飢えに苦しんでいる環境で、自分の乏しい食料を病人のために与えることを躊躇しないような人類愛に生きた人々が最後まで生存した。

 

 ② 絶望的な環境にあっても「」を意識できた人々。鉄格子の窓から見る若葉の芽生えや、軒を伝わる雨だれや、落葉の動きなどを美しいと感じる心を残していた人々が最後まで生存した。

 

 ③ 「」を捨てない人々。戦争が終結したならばベルリンの目抜き通りにベーカリーを再開してドイツで一番に旨いパンを売ってやろう、この収容所を出られたならばカーネギーホールの舞台でショパンを演奏して観客の拍手を浴びたい、などの夢を抱くことができた人々が最後まで生存した。

 

 との報告がなされたそうです。僕なんかでは想像も出来ないような、そんな過酷な状況に置かれ、目の前で仲間がどんどん力尽きていくのを見ながらも、なおかつ「愛」「美」「夢」といったものを持ち続けられたユダヤ人がいた・・・本当ならば驚かされる事実です。

 

 

 注!! これらのお話しは、決して歴史上の事実として書いているわけではありません。あくまで自分なりに興味を持った事について調べて、それらを踏まえて想像上で書いているだけですので・・・coldsweats01 間違った歴史認識をしているようでしたらご容赦下さい。

 

 

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