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2008年3月21日 (金)

小林虎三郎と小泉純一郎

 小林虎三郎といえば、幕末から明治初期にかけて活躍した、長岡藩(今の新潟県長岡市あたり)の藩士です。小林虎三郎は、皆さんよくご存知の「米百俵の精神」という教育にまつわる故事を伝えた人として有名ですよねflair

 一方、小泉純一郎さんはといえば、これも皆さん良くご存知の今から2代前の内閣総理大臣です。小泉さんは、総理在任の折には積極的に改革路線を打ち出し、「改革なくして成長なし」などの名言を数多く残しました。そして、国会での所信表明演説の際、「米百俵の精神」の故事を引用した迷言coldsweats01 を口にし、この「米百俵の精神」という言葉が2005年の流行語大賞にも選ばれました。

 しかし、小林虎三郎が説いた「米百俵の精神」と、国会演説で引用した小泉さんのそれでは、少し使い方が違っているようでしたdown 小泉さんの勉強不足でしたよね。どういうことかというと・・・

 

 小林虎三郎が活躍した当時、日本では戊辰戦争という明治政府軍と旧幕府軍との戦争が起きている時期でした impact 新撰組もこの戦争で、旧幕府軍の一員として活躍していました。

 

この戦争で長岡藩は、最初は中立の立場を取っていましたが、幕府の圧力により結局幕府軍として参戦しました。しかし、結果は敗戦。。。長岡藩は7万4000石から2万4000石に減俸させられましたdown 実収にして6割以上の減収でしたshock 当然、庶民や藩士達はその日の食にも苦慮する状態となりました。

 

すると、この窮状を見かねた長岡藩の支藩の三根山藩から百俵の米が送られることになりました。長岡藩士は、「これで生活が少しでも楽になる。」と喜びましたが、小林虎三郎はその米を藩士に分け与えず、売却し学校設立の資金に充てようとしましたdash 当然、藩士達は抗議に来ましたが、

 

「百俵の米も、食えばたちまちなくなるが、教育に充てれば明日の一万、百万俵になる。」

 

と諭し、学校の設立に踏み切りました。また、士族によって建てられた学校にも関わらず、庶民の入学を認め、広く教育を施しました。

 

 その結果、この学校から山本五十六などの昭和の日本を支えた偉人を多く排出することとなったのです。まさに、百俵の米が日本を支える礎となったのです。

 

 と、このような故事ですよね。

この故事は本来、米をもらって利用する方(藩士)が使うのを我慢して将来のためや庶民のために利用する話であったのに、小泉さんは弱い国民に向けて「米百俵の精神」で我慢を強いる発言をし、痛みを伴う構造改革を断行してきましたwobbly 国民も、最初は小泉総理を信じ、日本経済の復活のため痛みに耐えてきましたが、しかし一方でもらって利用する方(国会議員などの利権者)に対し痛みを我慢させる政策は打ち出そうとしませんでしたannoy (打ち出しても、利権者にことごとく潰された。)これが国民の不満や反感を買ってしまいましたよねimpact

少年柔道も米百俵!!丸岡柔道は、目先の勝利のみにとらわれず、将来活躍できる選手・社会で翔ける人間を育てるため、「米百俵の精神」で頑張っていってほしいと思いました!!(我ながら、ナイスな結びにすることができましたshineshine

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コメント

goodナイスですsign03
異議無しscissors

投稿: クリリン会長 | 2008年3月21日 (金) 11時34分

でしょsign03 ありがとうございますhappy01
あとは僕自身、このような気持ちで子供を見守ることができるかどうか・・・sign02 にかかっていますね。

投稿: 柔道3兄妹の父、裕 | 2008年3月21日 (金) 14時01分

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